43.Look Closer

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元旦。いつも通りの時間に起きて仕事を少し。特に出かける用事もなく。

夜、DVDで『アメリカン・ビューティ』を観る。いい映画だった。妻は外に恋人を持ち、高校生の娘は家出しようとする、主人公の中年男性は、広告代理店をリストラされ、ハンバーガースタンドの店員へと転職――要素だけ並べれば、家庭が崩壊していくように見えるのに、実は家族それぞれがどんどん自由を取り戻していく、つまりどんどん真の幸福に近づいていく話だった。そして、ひととしての優しさも一家は取り戻しかけるのだが。なにしろ脚本がいい。タイトルもいい。邦題では削られているサブタイトル、“look closer”。もっとよく近づいて見て、というのは、孤独を感じている人間、誰しもの願いなのかも、と考えたり。だけど、物語は悲劇で終わる。そして、悲劇で終わるのに、それでも暖かい気持ちになるストーリー。そこがまたいい。本当にいい脚本。最後のモノローグが最高。

《こんなことになって腹が立ってるか?
美のあふれる世界で 怒りは長続きしない
美しいものがありすぎると それに圧倒され
僕のハートは風船のように破裂しかける
そういう時は 体の緊張を解く
すると その気持ちは
雨のように胸の中を流れ
感謝の念だけが後に残る
僕の愚かな とるに足らぬ
人生への感謝の念が

たわ言に聞こえるだろう?
大丈夫
いつか理解できる――》

アカデミー賞受賞作と知らずに借りたのだけれど、元旦からいきなりアタリをひいたような気分。

 

 

37.大人の愉しみ

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今日は、一日かけて、ショップに出すサプライズボックスを作っていた。ハサミで切ったりノリで貼ったり、コピーにかけたり、そういう作業が私は大好き。一日机に向かっていても飽きることがない(原稿書くのは飽きるけど)。結局、65個ぐらい作ったかな。でも、これ以上は作りません。これ以上作ると自分がしんどくなっちゃうから。楽しいな、ぐらいでやめておくのが物作りを続けるコツ。だから、サプライズボックスは3種合計65個の完全限定盤ということですね(中にコンピレーションCDが入っている)。というか、Tシャツやマグカップみたいに版下を業者に入れたら無限に作れる、みたいなものにはそんなに興味がないのです。ひとつずつ違う、とか、自分の手を動かすのが好き。そして、開けた瞬間にワーッと盛り上がって、その後、わりとどうでもよくなるものが好き。ポテンシャルを作るのが好きと言えるかもしれません。

夜は、公開当時から駄作駄作と言われた挙句、3週で打ち切られた実写版『ガッチャマン』をDVDで観た(あまりにひどい言われようなので逆にずっと観たかった)。で、やっぱり笑っちゃうほどひどかった。真面目に演技している俳優さんが可哀相になったもん。ドラマも松坂桃李と綾野剛と突然登場したナオミという女(誰?)の三角関係物になっていて、子供の頃リアルタイムでアニメを観ていた私は、これ、ガッチャマンじゃないじゃん・・・と。でも、岸谷五郎の南部博士のコスプレも面白かったし、少し前に観た『共喰い』でウォーッと大声をあげながら射精(?)しているシーンがあまりに強烈だった光石研がカークランド博士という役名で出て来たり(カークランドって顔じゃないよ!)、まるまる笑えたからいいか、という気に。ひどいけど面白い、面白いけど二度は観なくていい映画『ガッチャマン』。要するに、今日、私はボックスづくりと『ガッチャマン』を観ることしかやっていないということです。

 

 

33.愛の教え

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夏の間観た映画の中で一番気に入ったのは、橋口亮一監督の『ハッシュ!』だった。ゲイのカップルとひとりの女性の物語。あまりに良すぎて4回観た。
ここ何年も、男女の《結婚》をゴールとした恋愛映画には興味もわかない。それは、私の年齢が関係していることかもしれないし、現実に子供を持っていないので家庭というものにリアリティを感じないからかもしれないし、また、人間は人間としてひとを愛することができるのだと私が心のどこかで信じているからかもしれない。それは、つまり、私には男女の恋愛においても性愛のプライオリティを超えるものがたくさんある、ということなのだけれども。
閑話休題。
ノートをめくっていたら、台詞が書きつけられたメモが出てきて、それは『ハッシュ!』に登場するカップルの片割れの義姉の台詞だった。

「まわりはどうでも自分のほんまの好きなひとと一緒にならんとつまらんよ」

ほんとにつまらんよね。
義姉の役は秋野暢子だった。

 

 

30.アパートの鍵貸します

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母と新宿へ映画『ラストエンペラー』を観に行く。既に観るのは四回目なのだけれど、大きなスクリーンで観るのは初めて。なにしろ紫禁城の迫力がすごい。よく中国がロケに貸し出したと思う。映像美に溺れること3時間。
溥儀に対しては知れば知るほど気の毒なひとという印象が深まっていく。母も同じことを言っていた。
でも、昔、溥儀の人生についてまとめて何冊か本を読んだとき、晩年はもと看護婦か何かをしていた普通の女性と知りあって、人並みの家庭を築いて暖かな暮らしを送ったと書いてあった(良かったね)。

帰りに母の好きな小龍包を食べに行き、ユニクロで私が使っているのと同じ、園芸用にちょうどいいパンツを買ってあげた。その後、私の具合が悪くなり、喫茶店に寄って少し休んでから別れた。母を駅の方向へ見送った後、ルイ・ヴィトンで買うものがあったのを思い出し、ルイ・ヴィトンに戻る。スピーディのバンドリエール。

次の「朝十時の映画祭」は『アパートの鍵貸します』だ。「絶対誘ってね!」と母は言っていたけれど、それこそ絶対母は観ているはず。もちろん私も一度観ている。ジャック・レモンとシャーリー・マクレーン。年末旅に出るのは反対されたけど、母娘でジャック・レモンを観るなんてなんだか洒落た暮れになりそうだ。

 

 

27.好みの男性

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洗濯物をたたみながら、ジョニー・トー『ザ・ミッション 非情の掟』を観る。オープニングのタイトルバックの筆文字の並びから、「おお、黒澤!」と声を上げてしまう。要するにこれは『七人の侍』へのオマージュなのだと思う。化学調味がかかって香港味になっているけど。そして、アンソニー・ウォン、フランシス・ン、ジャッキー・ロイ、ラム・シュー、ロイ・チョンと、七人じゃなくて五人になっているけど。
それはともかく、やっぱり私のお目当てはロイ・チョン。たぶん『七人の侍』だったら、ロイ・チョンは凄腕の剣客として活躍する久蔵なんだろうなあ。口数少ない射撃の名手として登場するから。そのロイ・チョンが最後の最後に裏切った仲間を殺せないというところに面白さがあるというっていう話なんだけど・・・なんてロイ・チョンがあまりに好み過ぎて(物静かで骨太な感じの人が好きなの)、全然これじゃ物語の説明になっていないですね。ともあれ、キャラクターそれぞれ見せ場があっていい映画でした。
それと面白かったのは、特典映像に劇中使用された拳銃の解説があって、その解説がオタクすぎて、ここでこの役者がこういう行為をするのはガンマニアにとっては謎であるとか、この銃ではあの距離は届くわけがない、みたいな、鑑賞後の感動にバンバン水を差す知識を与えくれるところ。あまり使わない知識だけど、いろいろ知れて良かったナ。

 

 

24.The World is Yours

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『火星までお買い物』の第三回原稿公開の準備が済んだので、DVDで『スカーフェイス』を観る(打ち上げ気分)。

物語はキューバからの移民、トニー・モンタナが持前の度胸と機転を活かしてコカインの売買でマフィアとして成り上がり、挫折していくストーリー。監督はブライアン・デ・パルマ。このあらすじなら、もう少し作品に深みを持たせることができたのでは、とも思うけど、映画としては十分楽しめた。というか、私はやっぱり銃撃戦のシーンが好き。邦画にありがちな20代の恋愛どうこうの話よりも断然好き。ラストのアル・パチーノが蜂の巣になってプールに落ちるまでの数分間とかホント興奮するもん。あと、トニーが見上げた夜空に“The World is Yours”と書かれた飛行船が浮かんでいるところなんかも映画的でぐっとくる。
それと、アル・パチーノの良さというのがいままで全くわからなかったのだけれど、『スカーフェイス』を観て、やっと魅力がわかったような気がする。正直さと狡猾さが共存しているところですね。ね。ね。ちょっと女性に甘えた感じもあって。なるほどなるほど。これでアル・パチーノ嫌いを克服できたので、実はまだ観ていない『ゴッド・ファーザー』シリーズにも駒を進められそう。観ても観ても名画はつきないなあ。

 

 

21.退屈しのぎ劇場

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夏の間、薬を飲んで横になっている生活だったので、退屈しのぎにDVDでよく映画を観ていた。
折角なので、普段なら観ないようなものを観るようにしていた。
再見したもの、劇場でみたものも少し交ざっているけれど、ざっと挙げるとこんな作品。

『空中庭園』
『舟を編む』
『真昼ノ星空』
『ゴーン・ガール』
『ドラえもん STAND BY ME』
『ビッグ・アイズ』
『恋人たちの食卓』
『サマー・オブ・サム』
『八日目の蝉』
『25時』
『ミッシング』
『TATTOO「刺青」あり』
『序の舞』
『へルタースケルター』
★『星の王子ニューヨークへ行く』
★『麻雀放浪記』
『それでもぼくはやっていない』
『道頓堀川』
『さくらん』
★『プライベートベンジャミン』
『捨てがたき人々』
『セントアンナの奇跡』
『そして父になる』
★『そこのみにて光輝く』
『ステップフォード・ワイフ』
★『her/世界でひとつの彼女』
『桐島、部活やめるってよ』
『横道世之助』
★『ハッシュ!』
『渚のシンドバッド』
★『KAMIKAZE TAXI』
『はじまりのみち』
★『アウトレイジ』
『アウトレイジ ビヨンド』
『シャニダールの花』
『グッバイ、レーニン!』
『重力ピエロ』
★『レスラー』
『恋人たちの予感』
『怒りの葡萄』
★『モーターサイクルダイアリーズ』
『花様年花』
『新宿スワン』
『白蛇抄』
★『パリ、ただよう花』
★『スライ・ストーン』
『夏の終り』
『けものがれ、俺らの猿と』

★をつけたのは、まあ、観て良かったかな、と思ったもの。感動したとかいい映画だったとか、そこまでの思い入れはありません。
一番笑ったのは『プライベート・ベンジャミン』。ゴールディ・ホーンがルイ・ヴィトンのハンドバッグ持ったまま軍隊に入っちゃうの。ワハハハ。

 

 

14.女の三択

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TOHOシネマズ新宿で母とともに「 新・午前十時の映画祭」、『宋家の三姉妹』を観る。DVDでも持っているが、大きなスクリーンで観たかったし、母の感想も聞いてみたかったので。

少々説明を加えると、『宋家の三姉妹』は、進歩的な思想を持つ父のもと、清朝末期のブルジョワ家庭に育った姉妹の物語で、長女は後に中国初の銀行をつくる大富豪と、次女は後に辛亥革命を起こし、国父と崇められる孫文と、三女は国共戦争で国民党を率いる蒋介石と結婚する。つまり、中国史を夫たちの傍らで動かし続けた三姉妹の物語なのだ。そして、まさに激動の時代を生きる三姉妹を、ミシェル・ヨー、マギー・チャン、ヴィヴィアン・ウーという中国を代表する美人女優が演じている。同時に、「一人は金と(長女)、一人は権力と(三女)、一人は国家と(次女)結婚した」と言われたように、仲睦まじい三姉妹ながらも個性が少しずつ違っていて、女の生き方についても考えさせられる映画でもある。衣裳はワダエミ。見どころたっぷり。
ちなみに初めて観たときは、夫の思想を未亡人になってからも守ろうとする次女に魅かれたが、マギー・チャン自身が、次女は夫への愛にしばられて(=彼の思想を守ることに人生を捧げてしまったために)自分を生きることができなかったひとだ、と言っているのを聞いて、それもそうだな、といまは思っている。

帰りは母と久しぶりに鼎泰豊でランチ。熱々の小龍包に舌鼓を打ちながら、「三姉妹の誰かになるなら、私は、長女でいいわ、お金と結婚する。夫の思想とは関係ないところで自分の好きに生きたいもん」」と私が言うと、「また、あなたはそんなことを言って」と母に笑われた。実際は、相手が孫文ほどのひとだったら、やっぱり私も次女みたいに生きるのだろうなあ、と頭の隅で考えつつ。

 

 

13.冬の始まり

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仕事の休憩も兼ね、横になって読書を一時間。瀬戸内寂聴の短編小説『夏の終り』。文句なしに面白い。僧侶に対してひどい言い草だが、どうも彼女のルックスに嫌悪感があって、今まで私は彼女の作品に手を伸ばしたことがなかった。でも、いまは、ああ、巧いひとなんだなあ、と思う。年上の男と年下の男から同時に愛し愛されする女性の心も、話のディテールも、よくわかるなあ、と思ったし。

この小説を読んでみようと思ったのは、先に映画を観たからで、映画が消化不良だったため。原作はどうなっているのだろうと思ったのだ。
映画に関して言えば、満嶋ひかりが、綾野剛演じる年下の男と性的関係があるように見えないというのが最大の失敗だと思うけれども。というか、満嶋ひかりが童顔なので、男性ふたりがどちらも年上に見えて、なんだかひどく輪郭のぼやけた作品になっていた(原作では主人公の女性の年齢は30代後半)。

夕方、デザイナーのMさんと単行本の打ち合わせ。終わらぬ仕事はないとはいえ、12月中に予定まで進むのか、と不安少々。

 

 

10.戯夢人生

TLTSA10

東京フィルメックスのホウ・シャオシェン監督特集上映を観るため、母と有楽町へ。
『風櫃(フンクイ)の少年』と『戯夢人生』を観る。
『戯夢人生』が2時間20分の長尺で、最初の半分ぐらい眠ってしまった。
まだ二本立ては私の体力では無理なのかもしれない。

『風櫃(フンクイ)の少年』はホウ・シャオシェン監督自身がモデルになっている青春映画。田舎の村で不良仲間と遊びふけり、仲間とともに地方都市に出てくるがそこでも生き甲斐を見いだせない。だけど、私は、自分のことを鑑みてもそうだったように、若い頃ってそんなもんだよな、という気持ちになった。さらに言えば、その途方にくれた生活こそが、大人になると誰の中にもキラキラした若さとして記憶に残る。つまりは青春時代こそが『戯夢人生』ということか。

終演が早かったので、帰りに母が私の家に立ち寄った。
洋服を見たい、というので、クローゼットの扉を開けると、GUCCIやシャネル、ドリス・ヴァン・ノッテンの服を手に取り、やっぱり洋服は楽しいわねえ、と嬉しそう。母は大学で音楽を勉強した後、洋裁の学校をも卒業している筋金入りの洋服好きなのだ。その血を分けた私と妹。先々週、私が二十代の頃に穿いていたバーバリーのミニスカートをすべて妹に渡したのだけれど、サイズを直し、もう姪はそのスカートを穿いて幼稚園に通っているらしい。四歳で既にバーバリーとは贅沢なのか、叔母のおさがりを直して穿いているのだから質素なのか。いずれにせよ、二十年たってもバーバリーのスカートの生地に綻びはない。