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16.夜の愉しみ

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師走といえども、忙しいという言葉が飛び交い始めたのは十一月のことだ。この季節になると、たった数日の正月休みのために、なぜこんなにみんなせわしなく働かねばならないのか、と腹立たしく思うけれども、これももはや日本の伝統なのかもしれない。今日も前の予定が押して、香水の発表会に出席できなかった。新しい担当者と挨拶をするいいチャンスだったのに。

最近の数少ない愉しみは、眠る前に映画を観ること、本を読むこと。そうして頭の緊張を緩めてから眠りにつく。特にいまは、瀬戸内晴美の『夏の終り』に夢中だ。この小説の主要な登場たちは、巻末におかれた竹西寛子氏の解説からひくと、「生活者としての内的秩序が、いわゆる良識ある生活とは重なり合わぬ」者たち、と説明されているが、瀬戸内晴美の小説が好きかどうかは別にして、私自身も主人公たちと同じく重なり合わぬ者であるがゆえ、感情移入をあまりしない私にしてはめずらしく心引き寄せられ読んでいる。あと数十ページで読了するが、瀬戸内晴美の他の本も読んでみたい。期待はしていないが、興味がある。

 

 

15.CHICAGO

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ミュージカル『CHICAGO』の初日、ご招待いただいたのでシアターオーブへ。黒いラメ入りのウールのチャイナドレスにGUCCIの今年のバッグ。劇場は多少派手なお洒落をしても浮かないところが好き。
『CHICAGO』は98年のリヴァイバル版の初来日から、かれこれ6、7回は見ているけれど(ロンドンでも観た)、最初の来日キャストが全体としては一番上手かったな気がするのは気のせいだろうか。

今回はロキシー・ハートを、NHKのドラマ『マッサン』のエリー役で有名になったシャルロット・ケイト・フォックスが演じていた。しかし、顔がかわいいのはいいとして(ロキシー・ハートにしては顔が清純すぎると思うのだけれど)、ブロードウェイキャストのヴェルマ役の女性との間に力量の差がありすぎたのが残念だった。表現が貧相というか。ラストでは、ロキシー、ヴェルマに全然ついていけなくて何を踊っているのかすらわからなかったし・・・。
それでも!ミュージカルを初めて観るひとがいるなら、私は『CHICAGO』を薦めます。無条件に楽しいから。フォッシースタイルと言われるボブ・フォッシーの振り付けもかっこいいしね。

ちなみに、それだけの回数観ている『CHICAGO』だけど、小西(康陽)さんやマネージャーのYくんに言わせると、悪徳弁護士のビリー・フリンを河村隆一さんが演じたときが最高だったそう(河村さんが)。私はちょうどその頃、海外で暮らしていたので、その公演は見逃している。もう一度、是非是非河村隆一さん、ビリー・フリン役にカムバックしてください。河村さんのビリー・フリン、観たいです!

 

 

14.女の三択

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TOHOシネマズ新宿で母とともに「 新・午前十時の映画祭」、『宋家の三姉妹』を観る。DVDでも持っているが、大きなスクリーンで観たかったし、母の感想も聞いてみたかったので。

少々説明を加えると、『宋家の三姉妹』は、進歩的な思想を持つ父のもと、清朝末期のブルジョワ家庭に育った姉妹の物語で、長女は後に中国初の銀行をつくる大富豪と、次女は後に辛亥革命を起こし、国父と崇められる孫文と、三女は国共戦争で国民党を率いる蒋介石と結婚する。つまり、中国史を夫たちの傍らで動かし続けた三姉妹の物語なのだ。そして、まさに激動の時代を生きる三姉妹を、ミシェル・ヨー、マギー・チャン、ヴィヴィアン・ウーという中国を代表する美人女優が演じている。同時に、「一人は金と(長女)、一人は権力と(三女)、一人は国家と(次女)結婚した」と言われたように、仲睦まじい三姉妹ながらも個性が少しずつ違っていて、女の生き方についても考えさせられる映画でもある。衣裳はワダエミ。見どころたっぷり。
ちなみに初めて観たときは、夫の思想を未亡人になってからも守ろうとする次女に魅かれたが、マギー・チャン自身が、次女は夫への愛にしばられて(=彼の思想を守ることに人生を捧げてしまったために)自分を生きることができなかったひとだ、と言っているのを聞いて、それもそうだな、といまは思っている。

帰りは母と久しぶりに鼎泰豊でランチ。熱々の小龍包に舌鼓を打ちながら、「三姉妹の誰かになるなら、私は、長女でいいわ、お金と結婚する。夫の思想とは関係ないところで自分の好きに生きたいもん」」と私が言うと、「また、あなたはそんなことを言って」と母に笑われた。実際は、相手が孫文ほどのひとだったら、やっぱり私も次女みたいに生きるのだろうなあ、と頭の隅で考えつつ。

 

 

13.冬の始まり

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仕事の休憩も兼ね、横になって読書を一時間。瀬戸内寂聴の短編小説『夏の終り』。文句なしに面白い。僧侶に対してひどい言い草だが、どうも彼女のルックスに嫌悪感があって、今まで私は彼女の作品に手を伸ばしたことがなかった。でも、いまは、ああ、巧いひとなんだなあ、と思う。年上の男と年下の男から同時に愛し愛されする女性の心も、話のディテールも、よくわかるなあ、と思ったし。

この小説を読んでみようと思ったのは、先に映画を観たからで、映画が消化不良だったため。原作はどうなっているのだろうと思ったのだ。
映画に関して言えば、満嶋ひかりが、綾野剛演じる年下の男と性的関係があるように見えないというのが最大の失敗だと思うけれども。というか、満嶋ひかりが童顔なので、男性ふたりがどちらも年上に見えて、なんだかひどく輪郭のぼやけた作品になっていた(原作では主人公の女性の年齢は30代後半)。

夕方、デザイナーのMさんと単行本の打ち合わせ。終わらぬ仕事はないとはいえ、12月中に予定まで進むのか、と不安少々。

 

 

12.朝日に夢見て

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無事、私の個人サイト《hasebechisai.com》がオープンして、このブログサイトも始まって、今後、SNSとはだいぶ距離ができると思う。
清水の舞台を飛び下りるつもりで初めてみたSNS(私の場合はInstagram)。最初はビクビクしていたけれど、実際やってみたら楽しいこともたくさんあって、お友達ができたり、反響が目に見えたり、朝起きて、自分の写真に、いいね!がたくさんついていると気分が明るくなるって、そんなことがわかったり。
だけど、所詮あれは参加するもの。自分の力で何かを作るというのとは根本的に違うもののような気がした。コメントをもらえるのは嬉しかったけど、書く楽しみ、撮る楽しみ、作る楽しみ、には結局遠く及ばなかった。

・・・というわけでコツコツ生活に舞い戻った私。
いま、ウェブサイト諸々の他に、取り組んでいるのは、とても大きなものがひとつ、それから本を二種類作っている。自分の文章を読み直すのは苦痛だけど、そこは頑張って乗り越えるつもり。というのも、読者の方にもっとも言われる回数が多いのが「本で読みたい」だから。だけど、その言葉に応えようという気持ちが起こったのもSNSを経験したからかもしれない。ネットで活字を読むのが当たりまえの時代の流れの中で、本で読みたいと言ってもらえるのは、物書きとして幸せなこと。紙と印刷とともに自分が存在できるうちはできるだけ長くその場に存在したい。できるだけ、できるだけ長く――。近頃、そんなことを考えている。

 

 

11.十二月が始まる

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私の個人サイト、《hasebechisai.com》 がやっと完成した。長かったなあ、制作期間。
自分のサイトぐらい、ウェブデザイナーに任せないで、自分で作りたい、と思い立ったのが、三年前。そしてこの三年の間、面倒になって放置、ウェブマガジン《memorandom》が忙しくなって放置、体調が悪くなって放置・・・と、何度放置を繰り返したことか。でも、この半端で気がかりなものを完成させてしまおう、と決意してからの二週間は、気合を入れてガリガリやりましたよ。《memorandom》のサイト構築担当口脇ひろゆきさんにご教示賜りながらも。要するに、自力だけではできなかったということでもあるわけですが。いいんです、アイディアは自分だから。
それにしても、ひとつのものが出来上がるって何て気持ちが良いのでしょう。あまりの嬉しさに公開直後、夜中の零時すぎにも関わらず、お友達に電話しちゃいました。ウフフ。迷惑千万。

明日から十二月。この時期になると、この一年、何やってたんだっけ、私・・・何もしてないなあ・・・と思うこともしばしばだけど、《memorandom》、SPBSでのポップアップショップ、自分のネットショップ、そして《hasebechisai.com》と、今年は意外と頑張ったような気がする。残すところ一か月、さて、どこまで行けるかな。

 

 

10.戯夢人生

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東京フィルメックスのホウ・シャオシェン監督特集上映を観るため、母と有楽町へ。
『風櫃(フンクイ)の少年』と『戯夢人生』を観る。
『戯夢人生』が2時間20分の長尺で、最初の半分ぐらい眠ってしまった。
まだ二本立ては私の体力では無理なのかもしれない。

『風櫃(フンクイ)の少年』はホウ・シャオシェン監督自身がモデルになっている青春映画。田舎の村で不良仲間と遊びふけり、仲間とともに地方都市に出てくるがそこでも生き甲斐を見いだせない。だけど、私は、自分のことを鑑みてもそうだったように、若い頃ってそんなもんだよな、という気持ちになった。さらに言えば、その途方にくれた生活こそが、大人になると誰の中にもキラキラした若さとして記憶に残る。つまりは青春時代こそが『戯夢人生』ということか。

終演が早かったので、帰りに母が私の家に立ち寄った。
洋服を見たい、というので、クローゼットの扉を開けると、GUCCIやシャネル、ドリス・ヴァン・ノッテンの服を手に取り、やっぱり洋服は楽しいわねえ、と嬉しそう。母は大学で音楽を勉強した後、洋裁の学校をも卒業している筋金入りの洋服好きなのだ。その血を分けた私と妹。先々週、私が二十代の頃に穿いていたバーバリーのミニスカートをすべて妹に渡したのだけれど、サイズを直し、もう姪はそのスカートを穿いて幼稚園に通っているらしい。四歳で既にバーバリーとは贅沢なのか、叔母のおさがりを直して穿いているのだから質素なのか。いずれにせよ、二十年たってもバーバリーのスカートの生地に綻びはない。

 

 

09.共喰いとスイートピー

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昨日の疲れが残っていたので原稿を書くのはお休みにして、終日、家事に時間を費やす。白い花台を黒ペンキで塗る、夏物と秋冬物の入れ替えなど。地方によっては驚かれるかもしれないが、温暖化のためか、この時期になっても東京は暑い日が時々あり、ゆえに十二月を前に衣替えもしていてもさほど遅いとは感じない。のんびりしたものだ。

今日は、スイートピーの種も撒いた。去年よりもわさわさ咲かせたかったので、去年の倍の種の量を。それにしても、ネットの画像では国産メーカーだったのに、届いたのは海外メーカーの種でそのことだけは腹立たしい。経験上、発芽率は国産メーカーのほうが断然高い。来年の春、うまく咲いてくれるだろうか。

そして、夜、青山真治監督作品『共喰い』をDVDで観る。性交中、女性に暴力をふるう性癖がある父を持つ息子の話、と聞き、原作の芥川賞受賞作品のほうは、なんとなく恐ろしくて読むのを避けていた。が、映画は非常に面白かった。暴力や殺人がからむのに、父親役の光石研を始め、登場人物がみんなどこか明るくてしぶとくて滑稽で、親の性癖はともかく、途中から、誰しも思春期には親の欠点を自分が引き継いでいるのではと悩むものだよなあ、と、ある種成長譚でも観ているかのような気分になった。原作と映画の結末は違うらしいが、是非原作も読んでみたい。

 

 

08.悲情城市

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東京フィルメックスのホウ・シャオシェン監督特集上映を観るため、母と妹を誘い、有楽町へ。
以前、母と台北に行ったついでに九份まで足を延ばしたことがあったので、九份を舞台にした映画『悲情城市』をぜひとも母に観せたかったのだ。また、『悲情城市』は、玉音放送から始まり、二・二八事件、蒋介石の国民党が台北を臨時首都と制定するまでを描いた歴史映画でもあるので、この辺りのことをリアルタイムで知っている母の感想を聞いてみたいという興味もあった。

上映後、ホウ・シャオシェン監督へのQ&Aの時間が設けられ、興味深い話もいろいろ出ていたが、その後、もう一本、シルヴィア・チャン監督の作品『念念』を観ていたら、思わせぶりなシーンが多い作品だったため、頭の中でストーリーをつないでいくのにものすごく疲れて、会場を出る頃には私の具合はすっかり悪くなってしまった。とりあえず母と私はビルの中のベンチに腰掛け、私の動悸が落ち着くのを待ったが(妹は『悲情城市』だけを観て先に帰った)、なにしろそんな状態だったので映画の感想を語り合う余裕などなく、トニー・レオンの色気はすごい、という話をするだけで精いっぱいに終わった。トニー・レオンのファンでもないのに、これではトニー・レオンファンの母娘の会話みたいだ。

 

07.未来の自分

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午後、建築士の友人M女史に会い、北欧のインテリア雑誌をめくりながら、好きだの嫌いだの言い散らかす。傍らでM女史は私の話をメモしている。というのも、これは私の部屋の内装の好みを知るためのリサーチ作業で、遊んでいるように見えるけど一応仕事なのです。結局、体調が芳しくなく、一時間ほどで疲れてしまい、あとは後日ということになった。でも、日本の雑誌を見てもイメージがうまく描けなかったのに、洋雑誌を見ていたらぽんぽんアイディアが出てきて、前向きな気持ちにもなってきたのだから、有意義なミーティングだったと思う。例えば、どうでもいいと思っていたことが意外と自分には大事かも、と気づいたり――料理はあまりしないからキッチンは小さくていいけど、花を活けるためのシンクは深く大きめに、とか、私はペンキ塗りが好きだから、ペンキをこぼしても始末しやすいように床は板張りに、とか。要するに、内装の打ち合わせというのは、未来の自分がどんな暮らしをしているか想像する作業ということなんですね。なるほどなるほど。
次回のミーティングまでにパリと香港で暮らしていた時の部屋の写真を用意して欲しいと言われる。それも参考にするらしい。
いままで暮らした中で香港のアパートメントが一番暮らしやすかった。メイドさんもついていたし。