26.春はたぶん九週後

TLTSA26

今日は通院日。待ち時間は一時間。近くのカフェで書籍作成のための改稿作業をして時間をつぶす。
お医者様にはできるだけ仕事しないでボケーッとする時間を作ってください、と言われているのに、こんな細切れの時間にまでモニターと向き合うってどうなのだろう。
ただ、ひとつ言えることは、私のミニノートPCはヴィヴィアン・タムモデルなのだけれど、見た目が良い分、なにしろ遅い。コマンドを入れると、まず画面をパタパタと蝶が舞う。そして蝶が留まると作業が開始されるのだ(=蝶が留まるまで作業が始まらない)。
――先生、確かに蝶々が舞っている間はボケーッとしていまーす。だから半分言いつけを守っていまーす。

診察では、週に一日、二日は仕事をしない日を作ること、という努力目標を与えられた。それぐらいなら友達や母と一日外で遊んでいれば達成できそうな気もする。
一応会社という形をとっているにせよ、フリーランスと業務内容は変わらないので、私には土日だろうが机に向かってしまう習性が身についている。朝、机に座ることのほうが、座らないことより抵抗感がないのだ。そのスタイルで既に20年もやってきた。
でも、この先の人生を考えると、健康のためには、習慣だけで仕事をしてしまうこと自体改めるべきなのだと思う。
体を大事に――そんなことを真面目に考えるようになった四十代。人間の成長は止まらない。

ところで、おととい水仙とフリージアのの球根植え、プリムラとアネモネの植え付けをしたのだけれど、水仙もフリージアももう芽を出している!早すぎないだろうか。東京は日中気温が上がるけど、まだ春じゃないのよ。

 

 

25.青いテラリウム

TLTSA25

五月にポップアップショップ『little shop of memorandom』の大人ガチャガチャで私が当てたのは、青いテラリウムだった。越智(康貴)さんが作った球体。あれから七か月経っているけど私はまだ育てている。
私の青いテラリウムは表面が苔に覆われて、じっと中を覗いていると、まるでスイスの山の麓の丘陵にいるみたい。小さな山羊の人形でもあれば置きたいのだけれど。
同じ青いテラリウムを当てたお友達は、単子葉植物の芽が出て、どんどん伸びて球体の天井にまで届き、背の高い男の人が猫背になるみたいに球体の丸みに沿って葉の先を地面に向けていた。
当たり前の苔や当たり前の雑草でもお互いのテラリウムを見せあうのは楽しい。なんでもないことがいつも私は楽しい。

 

 

24.The World is Yours

TLTSA24

『火星までお買い物』の第三回原稿公開の準備が済んだので、DVDで『スカーフェイス』を観る(打ち上げ気分)。

物語はキューバからの移民、トニー・モンタナが持前の度胸と機転を活かしてコカインの売買でマフィアとして成り上がり、挫折していくストーリー。監督はブライアン・デ・パルマ。このあらすじなら、もう少し作品に深みを持たせることができたのでは、とも思うけど、映画としては十分楽しめた。というか、私はやっぱり銃撃戦のシーンが好き。邦画にありがちな20代の恋愛どうこうの話よりも断然好き。ラストのアル・パチーノが蜂の巣になってプールに落ちるまでの数分間とかホント興奮するもん。あと、トニーが見上げた夜空に“The World is Yours”と書かれた飛行船が浮かんでいるところなんかも映画的でぐっとくる。
それと、アル・パチーノの良さというのがいままで全くわからなかったのだけれど、『スカーフェイス』を観て、やっと魅力がわかったような気がする。正直さと狡猾さが共存しているところですね。ね。ね。ちょっと女性に甘えた感じもあって。なるほどなるほど。これでアル・パチーノ嫌いを克服できたので、実はまだ観ていない『ゴッド・ファーザー』シリーズにも駒を進められそう。観ても観ても名画はつきないなあ。

 

 

23.夏の終り

TLTSA23

瀬戸内晴美『夏の終り』読了。原作を読むと、映画がいかに駄作であったかがわかる。脚本家も監督もまるでわかっていない、と思わず文句を言いたくなった。そして、原作はさすが瀬戸内晴美、体を張っているひとは違う、と感嘆しきり。
私も年をとっても恋愛し続けるタイプだとは思うけど、それを作品化できるかというとまた別な話。できないだろうなあ。できない、たぶん。そんな勇気ない。でも、その一方で、愛の問題に身を削りながら突進していく瀬戸内晴美の小説は、あられもない女の姿なのかもしれないけれど、物書きってそういうあられもないところを読者に見せてなんぼなんじゃないかという思いもある。そう考えると私の文章なんて子供のお絵描きみたいなものですね。

以下、本文中で一番好きだったところ。
《慎吾(=知子の別れたばかりの恋人、妻帯者)が無意識に、距離感に左右されて、つい知子の新しい家を訪れることが億劫になるのも、知子が家の雑用や仕事に追われることで、あれほどの涙を忘れてしまっていったのもつまりは、生活という雑事と習慣の繰返しが、意外な強さで人間の感情や感傷を、のみこみ押し流していくせいなのかもしれなかった。そしてそれは知子に、慎吾とのかつての生活が、やはり、愛や情緒より、生活の習慣と惰性で保たれていたことを、今更のように思い返させていた。
慎吾と別れたら、慎吾もじぶんも、生きていけないのではないかと、本気でおそれていたあの長い歳月の暗示は、いったい何にかけられていたものだろうか。知子は急に、憑き物が落ちたような虚しさと白々しさの中にいるじぶんを感じていた。同時にひどく軀中が軽くさわやかになっているのを認めないわけにいかなかった》

ここまで書いちゃうんだもん、逃げ場ないですよ。

 

 

22.朝日

TLTSA22

朝、日が昇るのを眺めながら、いま話が来ている仕事は、条件さえ合えば、引き受けたいという気持ちになっていた。
来年から再開する連載がいくつかあって、体力には自信がないし、当然お医者さまからは反対されると思うけど、それでも引き受けることが自分をいい方向に連れて行くような気がした。

香港通いを始めてから、自分の書いているもののモチーフが香港と東京に偏っている部分が確かにある。だから、まったく違う場所のことを書くというのは、自分自身の気分転換になるのではないか、とも思うのだ。
(と、同時にそんなにあれこれ手を出していいものか、と迷いもあり)

午後、税理士さんと打ち合わせ。疲れているので45分で切り上げる。

 

 

21.退屈しのぎ劇場

TLTSA21

夏の間、薬を飲んで横になっている生活だったので、退屈しのぎにDVDでよく映画を観ていた。
折角なので、普段なら観ないようなものを観るようにしていた。
再見したもの、劇場でみたものも少し交ざっているけれど、ざっと挙げるとこんな作品。

『空中庭園』
『舟を編む』
『真昼ノ星空』
『ゴーン・ガール』
『ドラえもん STAND BY ME』
『ビッグ・アイズ』
『恋人たちの食卓』
『サマー・オブ・サム』
『八日目の蝉』
『25時』
『ミッシング』
『TATTOO「刺青」あり』
『序の舞』
『へルタースケルター』
★『星の王子ニューヨークへ行く』
★『麻雀放浪記』
『それでもぼくはやっていない』
『道頓堀川』
『さくらん』
★『プライベートベンジャミン』
『捨てがたき人々』
『セントアンナの奇跡』
『そして父になる』
★『そこのみにて光輝く』
『ステップフォード・ワイフ』
★『her/世界でひとつの彼女』
『桐島、部活やめるってよ』
『横道世之助』
★『ハッシュ!』
『渚のシンドバッド』
★『KAMIKAZE TAXI』
『はじまりのみち』
★『アウトレイジ』
『アウトレイジ ビヨンド』
『シャニダールの花』
『グッバイ、レーニン!』
『重力ピエロ』
★『レスラー』
『恋人たちの予感』
『怒りの葡萄』
★『モーターサイクルダイアリーズ』
『花様年花』
『新宿スワン』
『白蛇抄』
★『パリ、ただよう花』
★『スライ・ストーン』
『夏の終り』
『けものがれ、俺らの猿と』

★をつけたのは、まあ、観て良かったかな、と思ったもの。感動したとかいい映画だったとか、そこまでの思い入れはありません。
一番笑ったのは『プライベート・ベンジャミン』。ゴールディ・ホーンがルイ・ヴィトンのハンドバッグ持ったまま軍隊に入っちゃうの。ワハハハ。

 

 

20.悪い癖

TLTSA20

切り絵作家Mさんと打ち合わせ。昨夜もS社編集者Sさんとの約束があり、打ち合わせが続いている。明日の予定は建築家のMさんとのミーティング。翌々日は・・・もういいか。

丸一日ひとりで家にいたいという願望がある一方、一日一回ぐらいひとに会って話さなければ不健康だという気持ちもある。病院の先生は何かスポーツを、できなければ散歩を、と促すけれど、散歩はともあれジムに入会する心の余裕がいまの私には全くない。打ち合わせをこなすだけでもうへとへと。仕事も背負子に積まれた薪のよう。加えて、体力が追い付かず、以前のように所用を要領よく片付けられないことに感じるもどかしさ。他に気がかりなのは広東語をお休みしていること。ただでさえ覚えの悪い私なのに、折角覚えたことも、このままではどんどん忘れてしまいそうで怖い。そして学校の勉強も。

なぜだろう、今日は焦っている。緊張しているのか、この頃、早起きの度を超え始めているような気もするし(午前四時半とか)。そんな気持ちをTさんに打ち明けると、「大丈夫、普通のひとでもそういう気持ちに襲われることはあるから」と慰められた。
確かになんでも病気と結びつけてしまうのは悪い癖。マイペースが自分の長所だとするならば、せめてその長所だけでも守っていかなければ。
落ち着いて。落ち着いて。誰も私を急かしてなどいないのだから。

 

 

19.赤いストール

TLTSA19

通院日。朝、仕事に没頭していたら、家を出るのが遅れ、受け付けで待ち時間1時間と言われる。時間をつぶすため、カフェに入り、パン・オ・レザンとコーヒーの朝食をとりながら、G誌連載の原稿の下書き。

診察の結果は良好、薬は変わらず。鉄分の注射を売ってもらう。調子が良いのはいいことだけど、調子に乗って無理しないように、時間をかけて治していく病気だからね、と先生に釘を刺される。年内にMRIを受けておくようにとも。薬の量が増えなかったのは良かった・・・けど、一旦やめていた苦手なサプリメントをまた飲むことに。粒が大きて飲むのつらいんだよ・・・と心の中で泣きごとぽつり。

余談。今日は病院に赤いニットワンピースに刺繍を施した真っ赤なシャコックのウールのストールを巻いていったのだけれど、女医の先生のほうが同じストールを持っているとかで盛り上がった。「還暦過ぎてから赤いもの集めているの!」とお茶目な先生。それにしても、12年程前に、しかもパリで買ったストールを持っているひとにこんなところで会うなんて本当に奇遇!「お洒落な千彩さんが持っているならいいものなのね、ブランドはわからないけど意外と高かったことを覚えているわ」と先生。12年使っても全然傷まないのだから、先生、それは高くないってことですよ、と言いかけたけど、「お洒落な千彩さん」という言葉を真に受けていると思われるのも困るのでとりあえず黙って笑っておいた。

 

 

18.隠密行動

TLTSA18

香港へは最近行っていないの?と訊かれるけれど、ご心配なく、いままで通り行っています。
秋にも一度行ってきたし、たぶんこの冬にも行くと思う。春節にもね。
ただ、そのことを日記に書くかどうかはわからない。
書きたいことがあれば書くし、書くほどのことでもないと思えば書かない、それだけのこと。
そもそも個人の旅行をいちいち報告する義務などないわけだし。
それに香港旅行なんて珍しくもなんともないでしょ。

それと、別な理由もあって、休載中になっている『香港スタイルミルクティー』の担当編集者に、先月会って、連載再開の打ち合わせをしたのです。
だから、いまはアイディアを練っている段階。ここでちゃんと練っておかないと書けないから、旅の感想はあくまで作品になるまで秘密ということにしておきたいのです(そういうこともあってSNSを離れた)。

それから、香港通いも5年目に入り、パリにもあったように、香港にも在港日本人社会があるというのがわかってきて、人間関係に用心しているところもある。しがらみできると、社交性高いひとはいいけど、私のように社交性低いひとにとっては、いいこと絶対にないじゃないですか。
私はいつも旅行者と居住者の間の目線で街を歩きたい。
それが大事とポール・ボウルズもエドワード・サイードもジェームズ・ボールドウィンも言っているし。
吹けば飛ぶような枚数の原稿しか書いていない私が生意気だけど、ものを作るひとは、ひとりでいられないようでは駄目だと思うのです。そして、秘密を作れないようでは駄目だとも。ね。

 

 

17.老人生活

TLTSA17

Tさんとランチに火鍋。しっかりひとり分食べられた。

今年の前半、体調を崩し―って、よく書いているような気がするけれど―、全然食事ができなくなった。動悸はするし、夜中に何度も目を覚ましてしまうし、まっすぐ歩いているつもりが斜めに歩いていたり、家の中でも転んだり。
病院で調べてもらうと、脳の疲れも関係しているという。そこで夏の間、先生の言いつけ通り、薬を飲んでずっと眠っていたわけです。
「頭使うから、大学も休んで、原稿もしばらく書かないでね」と先生はあっさり言い、そこはややがっかりしたのだけれど、それもすべて治療のため!と思い、おとなしくコアラみたいにぐうぐう眠っていたら、段々食事がとれるようになってきて、つ、ついに火鍋!
半年のつらさを思い返すと、ここまで辿り着いただけでも感無量。
原稿も一日800字ぐらいまでと言われているけど、こっそりその倍ぐらい書いているしね(これはホントはダメ)。

いまは完全な朝方で朝6時頃から12時頃まで仕事をして、そこから2時間昼寝、21時ぐらいにはベッドに入っている。もともと日の出ているうちしか書かないタイプだったけど、早朝、いいですね。静かだし。
先生は、まだ完治しているわけじゃないんだから朝10時ぐらいまで寝ていて、と言うけれど、早起き、慣れると楽しいの。
おじいちゃんみたいな生活だけどね!